316: 名無しさん@おーぷん 2016/02/01(月)23:48:15 ID:dsQ
高校でいじめに遭って復讐した。復讐といえるかどうかは微妙だけど。
いじめの内容はなぐるケる窃盗物損に始まり、カッターで薄皮を剥がれたり月工門にペンを入れられるなど。
教師は見てみぬふりどころか連中の味方をする始末で、親も聞く耳持たずでただ耐えていた。
進学して、知った人間がいない土地に行くことだけが学校を辞めない理由だった。

いじめが始まった一年の二学期から、ひたすら日記をつけた。

10月25日 放課後、A、N、Wに実習棟で全ネ果にされ服を鍵のかかるロッカーに入れられた。

といった具合に、あったことだけを淡々と書き続けた。
ノートが三冊目に達したころ、ようやく卒業を迎えた。
教師は連中との別れを惜しみつつ、私には片手で卒業証書を投げ渡した。
生傷が絶えなかった私は、教師にとっては厄介事の種でしかなかったんだろう。



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317: 名無しさん@おーぷん 2016/02/01(月)23:48:58 ID:dsQ
帰宅してすぐ、制服などはゴミ袋に詰め込んだ。
それから、連中の進学就職先、自宅の住所を調べ始めた。
進路はすでに校内の掲示物で知っていたが、家の住所は現地まで行って調べた。
何度も荷物持ちで連れていかれたから、場所はしっかり覚えていた。

大きめの封筒にそれぞれの宛先と私の住所氏名を書き、ノートのコピーだけを入れて送付した。
教師の住所にも同じものを送った。
教師宛の封筒を書いているとき、連中に対する以上のものを感じたので教育委員会と文部科学省、
法務省の担当部署にも説明と再発防止を訴える手紙付きで同様のものを送った。

効果があったかどうかはわからない。
おおかた怪文書の類として処理されたのだと思う。
一度だけ警察から連絡があったが、ノートの内容の真偽と現住所の確認をされ、
ノートを送ったことについて注意を受けただけだった。

数年後、教師は自慢のマイホームではなく、教員住宅で孤独タヒしたと親づてに聞いた。
連中の一人、Wは会社を立ち上げたというブログを見つけた。本名でお祝いコメントを送ったところ
ブロックされたので、会社の住所にノートのコピーを送った。
残りの連中はどうなったのかわからない。
結婚して苗字が変わっているかもしれない、と同級生伝いにフェイスブックやツイッターを検索しているが、
まだ見つけていない。

318: 名無しさん@おーぷん 2016/02/02(火)11:21:11 ID:hbm
>>317
継続しそうな復讐

引用元: 本当にやった復讐 3