882: 名無しさん@おーぷん 2015/01/25(日)11:09:43 ID:lBB
自分の中では修羅場というか、ショックが大きかったこと。
母方の祖父が「ボケた」ということに直面した時。

母の実家は関西、うちは関東だったので母方祖父母に会うのは年に数回。
それでも祖父はとても可愛がってくれて、特に自分は初めての男孫ということもあったのか特に良くしてくれた。
祖父の趣味の山歩きなんかにも文句言うどころか喜んでついていったり
歴史やらに興味があって小旅行に連れていってほしいと良くお願いしてたから
旅行も好きな祖父にとってはやはり嬉しかったのだろうと思う。
要は馬があったのだろうけども。
自分もいろんな体験をさせてくれる祖父が大好きだった。



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高校生になり大学受験の頃になると夏休みに遊びにいけなかった。
現役では合格できなくて、それでも祖父は受験シーズン後にわざわざ関東に来て2泊くらいの旅行に連れていってくれた。
偶然かもしれないが、その旅行先で自分が勉強したいものを認識して、一年後に希望したところに入れた。

大学生の頃は勉強を真面目にやってて、夏休みも祖父のところに行くことができず。
それでも4年になり就職も決まって卒論も出せたので卒業前の冬、遊びにいってみた。
関西に行く前に「もしかしたら爺ちゃん、ボケてしまったかもしれないから…」と
母から聞いてはいたのだけど、志村けんのコント程度でしか老人のボケを知らなかったのであまり気にしなかった。
(父方祖父母はその頃まだまだしっかりしてた)

祖父母宅に着くと祖父は寝てて、同居の叔父夫婦や祖母と団らん。
途中トイレに立って、ちょうど起きてきた祖父と廊下でばったり会った。
俺「爺ちゃん、きt」
祖父「あんた、誰や」
完全に初対面の人を見る目だった。
ちょうど叔父もトイレに行くために通りかがって
叔父「なに言うてんの。○○君やろ、わざわざ来てくれたで。」
祖父「○○君?この人誰や、なんで知らん人が家におる?」
叔父「まあええから、飯食うか?」とリビングに連れていく。
後で叔父は
「すまんの、平気な時も多いけどたまにボケてしまって…後で思い出すかんしれんし
悪気があるわけではないから、気にせんといて。」とフォローしてくれた。
認知症ということは理解できても、あれだけ可愛がってくれた祖父が
「家の中にいた不審者」の扱いで自分を見たことがとてもショックだった。
同時に、認知症とはこういうものなのか…とも。一緒に暮らして世話をすれば確かに精神削られる。

結局、翌日の夜くらいに祖父は自分を思い出したみたいで、その後は前と同じように話をしてくれたりした。
帰る時、玄関から家の中を見ると部屋の中から手を振ってくれる祖父がいて安心した。
結局、それが最後に見た祖父。一年半後亡くなってしまった。

883: 名無しさん@おーぷん 2015/01/25(日)11:11:56 ID:lBB
それから10年ほど経って。
祖母はまだ存命だったがすっかり体が弱ってしまい、母が東京に引き取り暮らしていた。
認知症はなかったがどんどん弱って同居介護も限界なので特養?に入ることに。
幸い、実家のすぐ近くのところに入れたのでいつでも会いにいくことはできた。
ただ自分は仕事が忙しくて顔を出すことができず。それでも時間を見つけて母と妹、妻と息子を連れていってみた。

自分以外の人と話す時は関西弁も交えたいつもの会話。
ところが自分が話しかけると他人行儀で敬語。今まではそんなことはなかったのに。
10年前の祖父の時のことがフラッシュバックするように蘇った。
祖母もついに認知症か…わかっていてもやはり辛いものがある…

と思っていたら。
母「なんで○○だけ敬語で話すの?えらい他人行儀で」
祖母「ん?△△さん(自分の父)やないの?」
母「メガネかけて見てみ」
祖母「あ、ホンマや。背格好も顔もそっくりやからわからんかった。ははは」
(自分と父、父方祖父は非常に似ていて、大人になってからの同じ年ごろの写真を並べると見分けがつかない。
父と母方祖母は仲は普通だけど、祖母が世話してもらっている引け目を感じて話す時は他人行儀だった。)

そこからはそれまでと同じように話して。
でも自分に他人行儀な祖母を見た時は自分の中で軽く修羅場だった。

引用元:今までにあった修羅場を語れ【その7】
http://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1419081989/

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